
福島原発の処理水放出は、中国が日本の水産品の輸入を全面禁止するなど、近隣諸国の反発につながっています。
処理水には放射線物質のトリチウムが含まれており、不安に感じる人が多いためでしょう。しかしトリチウムは自然界でも多く発生し、処理水の濃度では自然界・人体などに影響を与えないと考えられています。
本記事では「トリチウムって何?」と疑問を持つ方に向けて、トリチウムの特性や危険性、利用方法についてわかりやすく解説します。
トリチウムとは?どんな物質

出典:環境省「トリチウムの性質」
トリチウムは水素に中性子が2つ加わった三重水素のことです。
一般的な水素の原子核が陽子1個に対して、トリチウムは陽子1個+中性子2個と構造に違いがあります。原子核の構造の違いは同位体と呼び、トリチウムは弱い放射線を発するため「放射性同位体」と呼ばれます。
トリチウムの歴史
トリチウムが発見されたのは、1933年マーク・オリファントにより発見されました。
トリチウムは宇宙線などにより地球上で自然に発生する物質として知られ、自然界では年間約7京ベクレルが生成されています。
生成されたトリチウムは大気中の酸素と反応し、トリチウム水となって自然の水循環に組み込まれます。
また過去においてトリチウム量が急激に増えたのは、1945年~1963年の各国で行われた核実験でした。核実験により発生したトリチウムは1.8垓ベクレルで、1年間に自然界で発生する量の約2,500倍にもなります。
ちなみに福島原発の処理水放出は、年間22兆ベクレル未満が基準です。自然界で発生する量や、日本全国の降水に含まれるトリチウムの年間223兆ベクレルと比較しても、環境や安全性に配慮しながら放出していることが伺えます。
トリチウムの4つの特性
トリチウムの危険性を把握するために、以下の4つの特性について理解を深めましょう。
- 自然に発生する物質であること
- 発生させる放射線が弱いこと
- 半減期は比較的短いこと
- 取り除くことが難しいこと
自然に発生する物質であること
トリチウムは核実験や原子力発電でのみ発生するわけではなく、自然に生成される物質です。
具体的には、宇宙から地球に注がれている宇宙線が窒素や酸素とぶつかることで生成されます。自然界で作られたトリチウムは水になり、雨により川や海などに広がっていきます。そのため水道水のなかにも、自然由来のトリチウムが含まれているのです。
発生させる放射線が弱いこと
トリチウムから発生する放射線は、とても弱いことで知られています。
トリチウムはベータ線を放出しますが、紙1枚で遮断できるほどエネルギーが弱いのです。そのため、外部からトリチウムの放射線を浴びても皮膚や衣類で遮られるため、外部被ばくすることはありません。

出典:復興庁「ちゃんと知っておきたいトリチウムのこと」
一方、トリチウムを飲み水として体内に取り込んだ場合は、普通の水と同様に体の外に排出されます。どこかの臓器に溜まるといった、生物濃縮されることはありません。
また日本のトリチウム濃度の安全基準は1リットルあたり60,000ベクレルで、この量を毎日70年間摂取すると、1年間の被ばく量が1ミリシーベルトとなることを考慮して決められました。
つまり、安全基準値以下のトリチウム濃度であれば、体への影響は非常に小さいといえます。
半減期は比較的短いこと
トリチウムの特性として、半減期が12.33年と比較的短いことが挙げられます。
半減期とは元の原子核の数が半分になる時間のことで、100個のトリチウムがあるとすると、12.33年後には50個になることを意味します。また4分の1の量になるには、さらに12.33年がかかるため計24.66年です。このように、比較的短いことから環境への影響が限定的といえます。
2.4 取り除くことが難しいこと
原子力発電では、トリチウム以外にも多くの放射性物質が発生します。しかし、処理水は他の放射性物質を除去しているのに、「トリチウムだけなぜ除去できないの?」と感じている方もいるでしょう。
その理由は、トリチウムが普通の水素と同じようにふるまうため、一般的な水分子とトリチウムを含む水分子とを分離することが非常に困難なためです。
トリチウムの利用方法

トリチウムは原子力発電などの副産物として生成されますが、厄介者として扱われているばかりではありません。
トリチウムは次世代のエネルギーとして期待されている核融合の原料や、地下水の年代測定などに使われています。ここではトリチウムの利用用途について詳しく解説します。
地下水の年代測定
トリチウムは「地下水の年代測定」で利用されています。
先述の通り自然界の水にトリチウムが含まれており、雨水などにも含まれています。雨水が地下に浸透して地下水になると、地下水のトリチウムは増えることはないため、半減期に従って減っていくだけとなります。そのため、地下水のトリチウム濃度を測定し、現在の雨水のトリチウム濃度と比較することで、地下水の年齢を知ることが出来ます。
この手法では、トリチウムの5半減期年(60年)程度の測定が可能とされています。
トリチウムライト
トリチウムの利用方法には、腕時計の文字盤に塗布した蛍光塗料を発光させるトリチウムライトがあります。
ガス化したトリチウムをガラスチューブに閉じこめ、トリチウムより発せられるベータ線が周りの蛍光塗料にぶつかることで発光する仕組みです。
トリチウムライトの特徴は、自ら発光することや、10年といった長期間発光することが挙げられます。
腕時計やキーホルダーに使われることがあるものの、国内の流通・取扱に関しては「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」にて厳しく制限されているので注意が必要です。
核融合の燃料
トリチウムは核融合の燃料としても利用されています。
核融合とは重水素(原子核が陽子1個+中性子1個の構成)とトリチウムで核融合を起こし、ヘリウムを生成する際に熱を取り出す次世代の発電システムです。
重水素とトリチウムの燃料1グラムから、石油8トン相当のエネルギーを取り出せるほど、高エネルギーなのが特徴です。
また、原子力発電とは異なり、ウランやプルトニウムなどの希少物質を使わないため、資源が枯渇する心配がないとされています。さらに核融合は核分裂とは異なり、事故が起きても暴走しないため、安心・安全でクリーンな発電方法として期待されています。
トリチウムは核融合の実現のためには、必須ともいえる重要な物質なのです。
ただし、トリチウムは1gで300万円以上するほど高額な物質で、核融合炉の実現とともに安価に生成する方法の確立が望まれています。
トリチウムは今後も注目を集める物質
福島原発の処理水放出により、ニュースに取り上げられることが増えたトリチウムについて紹介してきました。
トリチウムは自然界に多く存在し、水道水のなかにも含まれています。このように聞くと「怖い」と思うかもしれませんが、国内ではトリチウムの量は適正に管理されており、水道水を飲んでも魚介類を食べても健康への影響はありません。
処理水の件によりネガティブなイメージがついてしまったトリチウムですが、次世代の核融合炉を支える大切な物質です。しかしトリチウムは水分子に組み込まれているため、取り除くことが難しく、安価に生成するのも困難な物質です。