皆さんは「バラエティーシンキング」という言葉を聞いたことはありますか?
おそらく、心理用語だとか、ビジネス学の世界の用語では?と、なじみのない人がほとんどなのではないでしょうか?
しかし、「バラエティーシンキング」は、マーケティング用語の一つで、私達の身近にあり、日常的に触れ合っていることなのです。今回は、「バラエティーシンキング」について、マーケティング視点から解説していきたいと思います。
バラエティシーキングとは
バラエティ・シーキング(variety seeking)とは、消費者が商品を購入する際に、特定ブランドだけでなくさまざまなブランドの商品を購入しようとする行動のことです。消費者にとってブランド間の知覚差異が大きい商品、かつ低関与商材のうちバラエティに富んでいる一般消費財で起こりやすいです。このような消費行動をとる消費者をバラエティ・シーカーと呼びます。
ニーズの変化やこれまで購入していた商品への不満が特になくても、消費者にとってブランドスイッチのリスクが小さければ、目新しさや多様性を求めてブランドスイッチが行われてしまいます。
「こっちの商品も良さそうだけど、今日はこっちを買ってみよう。ダメだったら今度は別の商品買えばいいし。」皆さんが日常生活で買い物をする際にも、こんな事を思いながら商品を選んでいるなんて人もいるのではないでしょうか。
「バラエティシーキング」は、アメリカの消費者行動の研究者であるアサエルが提示したもので、消費者の商品への関与度(商品に対するこだわりが強いかどうか)と、ブランド間の知覚差異(ブランド間の違いを認知しているかどうか)との2軸を用いて、消費者の行動を四つに分類しています。そのうち、商品に関する関与度が低く、ブランド間の知覚水準が高い消費者には、バラエティシーキング型の購買行動がみられるとしています。
アサエルが提示している4つの購買タイプとは、関与度もブランド間の知覚差異も大きい「複雑な購買行動型」、関与度は高いが、知覚差異を認めにくい「不協和低減型」、関与度も、知覚差異も低い「習慣購買型」、関与度が低く、知覚差異が高い「バラエティーシーキング型」に分けられます。
アサエルの分類にもあるように、従来、バラエティシーキングは、こだわりの弱いもの(関与の低いもの)を選ぶ際によく見られる行動だと言われてきました。なぜなら、こだわりが低いものを選ぶときは、その時々の状況で判断し、結果としてバラエティーに富んだもの選びになっていることが多いと考えられていた為です。 しかし、最近の研究ではこだわりが強いものにあえてバラエティーを求める行動も少なくないという指摘もあります。選び方の違いに着目し、ロイヤルユーザーつまり自社の商品やサービスを選んでくれる消費者に対して、異なるものを選ぶ傾向が強い人を「バラエティシーカー」と呼んでいますが、こだわりをもったバラエティシーカーということになります。
バラエティ・シーキングが生じやすい状況
消費者は購入候補とその代替アイテムの評価に基づいて候補を選び、最も好む商品を買おうとします。購入するもの(カテゴリーやブランド)が決まれば、それを、いつ(時期)、どこで(店)、どの位(量)、いくらで(価格)買い、どのように支払うか、を決定します。
ただし、関与度の低い商品、つまり日頃購入することの少ない商品の購入である場合は、これまでの経験を元に情報処理は簡略化されるので、半ば無意識のうちに素早い選択がなされてしまいます。(ヒューリスティクスと言います。)
結果として、カテゴリーやブランドについてじっくり考えずに購入する為、新しいブランドや商品を試してみてもいいか、今日別の商品を試してみよう、といったバラエティシーキングが生じるのです。
バラエティーシーキングが生じやすい状況としては、以下の4パターンがあります。
刺激欲求があるとき
急いでいるときはともかくとして、刺激のない選択は退屈です。お気に入りの製品を購入していても消費が繰り返されることによって購買意思決定は単純化し、ごく普通のありふれた選択へと変化していきます。複数ブランドの特徴を理解したうえで一つを選ぶような購買意思決定は手間と時間がかかるため、特に購買頻度の高い日用消費財では単純化が好まれます。
しかし、単純化に伴って生じてくるのが刺激への欲求です【註3】。人は最適な刺激水準を持っていて、選択時の刺激がこの水準を下回ると刺激欲求が生じます。そしてこの欲求を満たす手段がバラエティ・シーキングなのです。ただし、バラエティ・シーキングは購買意思決定を複雑にするので、その後の購買意思決定ではより単純化した選択が好まれます。つまり、購買意思決定は単純化と複雑化の繰り返しと捉えることができます。
なお、刺激欲求は製品に飽きが来たときや新奇性への関心が高まったときに生じるので、バラエティ・シーキングは消費から得られる楽しさや満足を最大化するために行われると考えることができます。お菓子、レストラン、音楽などの楽しさや喜びを感じる快楽的消費で発生しやすいことがわかっています。
将来の自分の欲求があいまいな時
今日の自分の欲求はわかっても、明日の欲求はわからないことがあると思います。何日か分の食品や買い置き用の食品の買い物では、このような状況で選択することが多いと思います。こうした自分の将来の選好が不確実な状況下では、バライエティシーキングが生じやすいことが実証されています。
7種類の食料カテゴリーそれぞれに様々なアイテムをリストし、被験者にそのなかから買い物してもらう実験を行ったところ、被験者は3日分をまとめて買い物をする場合と1日ずつその日の分を3日間連続して買い物する場合のどちらかに割り当てられました。各カテゴリーの製品を毎日1個消費すると仮定しているので、3日分の買い物では各カテゴリー3個を選択することになります。
分析の結果、異なるアイテムを選択するバラエティ・シーキング傾向は、全カテゴリーに共通して3日分をまとめて買い物するときのほうが強く見られました。つまり、将来の自分の選好はわからないので、バラエティを選択することで選好の変化に対応できるようにしているのです。また、将来自分が好みそうなものを一種類だけ選ぶよりも何種類かを選ぶほうが簡単であるということもその一因です。
ポジティブな気分の時
ポジティブ感情を持っているときは、情報への関心が増し、創造的かつ柔軟性のある情報処理が行われるので、対象を様々な側面から理解するようになります。したがって、消費者がブランド選択時にポジティブな感情を持っている場合、ブランド固有の特徴やブランド間の違いに焦点が向けられるので、ブランド選択に刺激欲求が生まれブランド・シーキングが生じやすくなると考えることができということが実証されています。
翌月から平日は午後のおやつにクラッカーを食べることにしたと仮定してもらい、25日分のクラッカーを7ブランドから選択してもらう実験を行ったところ、このとき選択肢に2パターン用意し、7ブランドすべてが有名ブランドの条件と味が劣るとの認識がある減塩クラッカーのブランドが複数含まれる条件のどちらかに被験者を割り当てました。また、被験者の半分にはセッション前に謝礼としてリボンが付いた飴のパックをプレゼントし、ポジティブ感情を喚起させました。
その結果、ポジティブ感情を持った被験者は、有名ブランドのみの選択肢を提示されたときにブランド・スイッチを多く行いました。評価の低いブランドがある選択肢ではポジティブ感情があってもバラエティ・シーキングは見られませんでした。人はポジティブな感情を持っているときは、ネガティブなことは避けたいと考える傾向にあります。選択肢に評価の低いブランドが含まれていると、バラエティ・シーキングに魅力を感じなくなるのです。
購入するブランドの選択・購買がいつも事前の購入意図どおりに行われるとは限りません。購買行動を取り巻く状況や要因によって購買意図と結果の間にズレが生じることはあります。
購買行動は事前の計画性により、1.計画購買、2.部分計画購買、3.非計画購買の3つに分類されます。1の計画購買とは、「特定のブランドの購入をあらかじめ決めており、それを購入する」ケースです。2の部分計画購買とは、「製品カテゴリーレベルで購入予定があり、購入ブランドは店内で決める」ケースと「特定のブランドの購入をあらかじめ決めていたが、店内で同カテゴリーの他のブランドにスイッチする」場合です。この場合、価格や店内での刺激が変更の原因となります。3の非計画購買は事前の計画なしに店頭で起きる購買行動のことです。非計画購買率は米国では40〜50%、日本では70〜80%程度だそうです(ただし1980年代の調査結果です。出典: 水野誠著、2014年「マーケティングは進化する」、P234)。日本で非計画購買率が高いのは、身近にスーパーやコンビニがあり、買物の頻度が高いことによると考えられます。
非計画購買であるからといって、商品がランダムに選ばれるわけではありません。消費者は無意識のうちに自分の記憶の中にあるブランド知識にアクセスしてブランド選択を行っているのです。ですから、消費者の頭の中に自社のブランドについての知識(ポジショニング)を育てていくことが必要です。
計画購買の割合は商品カテゴリーによってかなり違いがあります。チラシに載った商品、重いもの・かさばるもの、価格の比較的高いもの、などは計画購買の割合が高いものです。筆者の経験では、店に行く前に購入することを決めていた銘柄をそのまま購入する割合は90%を越えており、店に行く前に銘柄を決定してもらうことが重要です。(計画購買率は高いとはいえませんが。)
バラエティシーキング型に該当する商品は、例えばお菓子や飲料などの、比較的低額で、購入して不満足だった場合のリスクが小さく、商品間の差がありバラエティに富んでいる一般消費財が該当します。
次の章で、具体的な実例を紹介したいと思います。
商品例
バラエティシーキング型の商品は、関与度は低いが、ブランド間の知覚差異が高いので、消費者は別の商品へスイッチすることにリスクを感じません。前述の通り、比較的低価格の商品で商品間の差がありバラエティーに富んだ一般消費財が当てはまります。
例えば、お菓子や飲料、レトルトカレー、サラダドレッシングなどの食品類が当てはまります。また、歯磨き粉やティッシュなどの消耗品もバラエティーシーキング型といえるでしょう。
ブランドの知覚差異が低く、消費者が興味本位で様々な商品を試してみたいというバラエティー感が求められるカテゴリーとなっているので、品揃えの豊富さやそれ自体が購買意欲を高め、買上げ点数の増加にも寄与する商品になっています。
バラエティ・シーキング型商品のマーケティング方法
バラエティシーキング型の消費者は、商品への飽きや、新商品への興味、値引きや懸賞などのキャンペーンを行っているなど、いろいろな理由でブランドをスイッチしてしまいます。自社製品を愛用してくれるロイヤルユーザーになりにくいため、マーケティング的には攻略困難なタイプといえるでしょう。企業側は消費者のロイヤルリティを形成するためにさまざまな戦略を駆使する必要があります。
しかし、多趣味化がすすむ現代の消費においては、消費者はむしろ多様性を求めてスイッチを行う傾向があるとも考えられます。分かりやすくいうと、バラエティーに富んだ物を購入し、より良いものを探し求めるということです。
マーケティング戦略としては、新商品を次々と出すことで、バラエティーシーカーにどんどん試してもらう事が出来ます。また、製造工程はそのままで、パッケージのリニューアルやテイストを少しだけ変化させた期間限定型の商品、数量限定品の導入などが、多様性を求める消費者の心理をうまくつかむことになります。ロイヤリティの形成もさることながら、バラエティシーキング型の消費行動を継続的に取り込むような新たな戦略も効果的であるといえるでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。バラエティシーキングをマーケティングに活用することで、ブランド戦略や店舗展開を攻略することに役立ちます。消費者の多様な購買行動をじっくり観察するとともに、マーケティング戦略に生かしていきましょう。