ヨーロッパの雇用制度のフレキシキュリティとは?日本で注目されるワケ

日本では終身雇用制が形骸化し、非正規雇用と正規雇用の賃金格差が広がっています。さらに実質賃金の伸び率が低く、優秀な人材が海外に流出しやすい状態になっています。

そこで注目されているのはフレキシキュリティです。フレキシキュリティとは労働市場の流動性を確保しつつ、労働者保護を充実させた雇用政策のことです。本記事ではフレキシキュリティの概要について具体例を交えながらわかりやすく解説します。

フレキシキュリティとは?

フレキシキュリティとは、柔軟性の「flexibility」と安全・保護の「security」を組み合わせた造語です。労働市場の柔軟性を確保しつつ、労働者保護に焦点を当てた雇用政策を指します。1990年代にデンマークが世界に先駆けて取り組み、2007年には欧州委員会が加盟国に導入を推奨するなど、次世代の雇用政策として注目されています。

フレキシキュリティの主な3つの施策

フレキシキュリティの主な施策は以下の3つです。

・労働市場の柔軟化

労働者が比較的容易に転職できるように制度設計します。加えて、企業においても労働者を解雇しやすくすることで、労働市場の柔軟化を実現します。ただし、企業の一方的な都合により解雇をしても良いというわけではありません。基本的には規定に従い事前の通知など、決められた条件・手順を遵守する必要があります。

・失業保険制度の充実

労働市場の柔軟化にともない、必要な対策は失業保険制度の充実です。例えば、フレキシキュリティの先進国であるデンマークの失業保険給付期間は最大4年間となっています。

・職業教育訓練の充実

失業後に再就職できるように、職業教育訓練が受けられることも重要なポイントです。就業中・失業中に職業教育訓練を受けられることはキャリアアップにも役立ちます。

フレキシキュリティが注目される背景

フレキシキュリティはヨーロッパを中心に導入が進む雇用政策です。近年では、2つの理由により日本においても注目を集めています。

・実質賃金の伸び率の低迷

・終身雇用制の形骸化

ここでは国内の課題について理解を深めるために、注目される背景を詳しく解説します。

実質賃金の伸び率の低迷

日本経済の課題は、実質賃金の伸び率が他の先進国と比較し低迷していることです。我が国と先進国の実質賃金の伸び率の推移は以下のとおりです。

出典:内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局「基礎資料

先進国の実質賃金は、右肩上がりに伸びています。アメリカは1.52倍、イギリスは1.51倍、フランス・ドイツは1.34倍です。しかし、日本は1.05倍と約30年間でほとんど伸びておらず、横ばいの状態が続いています。そのため先進国と日本では、同じ職業であっても大きな賃金格差が発生しています。

賃金格差が大きいと、日本企業から海外企業に優秀な人材が流出するのが問題です。人材不足が叫ばれるなか日本企業にとっては逆風になるでしょう。そこで人材の流動性を高め、転職によりキャリアアップや賃金アップを図れるフレキシビリティの概念が注目されているのです。

終身雇用制の形骸化

フレキシキュリティに注目が集まっている背景の1つは、少子高齢化による労働人口の減少に加えて、終身雇用制の形骸化です。

人生100年時代と呼ばれる現代では、定年後に働く必要性があることも珍しくありません。また非正規雇用の増加により、そもそも1社に長く勤めるのが困難になっている方もいます。そのため、終身雇用制の1社に最後まで勤め上げるという考え方は、現代では通用しなくなりつつあります。長期的な視点でキャリアアップを図るためには、フレキシキュリティの考え方が重要になっているのです。

フレキシキュリティのメリット・デメリット

フレキシキュリティにはメリットがある一方で、デメリットもあります。ここではフレキシキュリティの双方の面について解説します。

メリット①経済成長を促せる

フレキシキュリティを導入するメリットは、経済成長を促せることです。職業教育訓練の充実により、スキルや知識を学ぶ機会が多くあるためです。一方、終身雇用制のキャリアアップは年功序列になりやすく、社員それぞれの「成長しよう」というモチベーションを高めるのは容易ではありません。

社員のモチベーションや労働者の流動性が低いと、革新的なアイデアを創出するのが難しくなります。変動が激しく、将来の予測が困難な現代において、成長するにはフレキシキュリティの考え方が必要といえるのです。

メリット②働き方の選択肢が増える

フレキシキュリティの導入は働き手にもメリットがあります。それは自分が望む働き方を実現しやすくなることです。

例えば、新たな仕事に挑戦したいと思っても失業時の生活の不安から躊躇してしまう方もいるでしょう。フレキシキュリティでは、失業保険制度が充実しているため、そのような不安が軽減され自分の望む仕事に就くために転職活動がしやすくなります。また労働者の流動性が高まることで、テレワークやフレックスタイムなど、自分が望む労働形態を実現しやすくなるのもメリットです。

デメリット①企業の人手不足が慢性化する可能性がある

フレキシキュリティを導入するメリットは人材の流動性が高まることです。しかし、企業にとっては人材を確保し続けるのが難しくなることを意味します。例えば好況時のような人材が集まりやすい時期でも労働力不足に悩むことも考えられます。また手厚い失業保険制度により、労働者不足にもかかわらず、失業者が増えるという矛盾が生じやすいのもデメリットです。

フレキシキュリティの具体例

フレキシキュリティを導入している代表的な国はデンマークとオランダです。導入した際の具体例として、両国の取組や現状について紹介します。

デンマーク

デンマークのフレキシキュリティは、「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれる3つの柱が特徴です。

①フレキシブルな労働市場

②手厚い失業保険制度

③職業教育訓練の充実

デンマークにおける失業手当は、前職の賃金の最大90%、最長4年間受給できます。

デンマークの職業教育訓練は、失業者向けはもちろんのこと、在職者向けにも力をいれているのが特徴です。全労働者がスキルを習得しやすい制度といえます。

これらのフレキシキュリティにより、1990年代の10%の失業率を5~6%にまで低下させるのに成功しています。

オランダ

オランダのフレキシキュリティは、1999年の「柔軟性と保護法」の施行により導入されました。

オランダはフレキシキュリティの導入により、パートタイマーや派遣労働者の割合が高いのが特徴です。しかし、日本のような正規雇用・非正規雇用という二極化に進むのではなく、相互移動が可能な社会を実現しています。

日本でフレキシキュリティを導入の課題

「日本もフレキシキュリティを導入すれば良いのでは?」と感じた方も多いでしょう。しかし、日本で導入するには、労働市場の流動性や転職によるキャリアアップのしやすさなど様々な課題があります。とくに、失業者の職業教育訓練の機会が限定されていることは、大きな妨げとなっています。これらの課題をクリアするには、法整備が不可欠な状態です。

フレキシキュリティの考え方を取り入れてみよう

日本のフレキシキュリティの導入はすぐには困難ですが、企業の経営戦略に取り入れることはできます。例えば、「正規雇用と非正規雇用の賃金格差をなくす」「中途採用枠を増やす」「職業教育訓練を充実させる」「離職者の再雇用制度を整備する」などです。この機会に導入を検討してみてはいかがでしょうか。